待つ、待たせる、ただそれだけのことで、こんなにも楽しい映画が生まれてしまうんですね。『ターミナル』は実にシンプルな映画なのです。
待つ、というのはどういう事態なのでしょうか。人は目的のために手を尽くしたとしても、最後には待たなければなりません。入国するにしても、結婚するにしても、必ず相手のYESが必須です。まして人を罠にかけるなんて時には、いくら自分が床に水をまいて滑りやすくしておいたとしても、誰かが通りかかってその床を踏みしめてしまうその瞬間を、じっと待っていなければなりません。また、それがもし空港警備の最高責任者(スタンリー・トゥッチ)であったとしても同じく、彼でさえも、監視カメラのモニターを睨み付けてビクター(トム・ハンクス)の決断を待たざるを得ないのです。目的の成就が最終的には自分の努力でなく、第三者の裁量によってしまうということの滑稽さ、面白さ、そういう着眼がこの映画の根本にあります。
もしかしたら人の一生は誰かを待っている時間が思いの外多いのかもしれません。しかしぼーっとして待っているだけでは人生は進まないでしょう。何かを待っている間でも、自分を待っているものたちがいます。特に自分の死という大問題は、あまり待っていてはくれないようで、しばらく経つとまたいつもの食欲が腹を鳴らして催促するのです。そういうわけで待っている間は、自分が待たせている相手に応えなければなりません。誰かを待たせている間、相手の運命を自分が握ってしまっているというのは、本当におかしな事です。
私たちも『ターミナル』を見ながら、映画的瞬間を待ち続けます。ビクター(トム・ハンクス)がアメリア(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)と結ばれる瞬間、缶の中身が明かされる瞬間、ビクターの目的が果たされる瞬間。しかしその待たされている時間が本当に楽しい。特にラストでスピルバーグが用意していた、ジャズを聴きながら待つ時間は、もっと待っていたくなるような極上の待ち時間でした。
日本の巨匠宮崎駿が『ハウルの動く城』で見せた表現は、まるで抽象画のように、無意味の自由とでもいうべき自由を謳歌していたように思えるのですが、このハリウッドの巨匠のいいところはまるっきり反対で、常に彼のイメージを的確で具体的な映像にしてしまう、またそれができてしまうところにあります。待つ、待たせるという具体的な事件は、飛行場のターミナルという限定された場所で起こっているに過ぎません。それにもかかわらず、そのセットの広々とした様子や、中を縦横無尽に動き回るカメラは、実にとらわれのない自由な雰囲気で、『ターミナル』は世界の縮図として無限の広がりを感じさせてくれました。スピルバーグの近作は『マイノリティ・リポート』にしても、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』にしても、本当にのびのびとしていて、とにかく楽しい。本作もまた同じくして、そんな映画の快楽に満ちています。
ターミナル 公式ホームページ
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[2004米/UIP][原題]The Terminal[監督][製作]スティーブン・スピルバーグ[製作]ジェイソン・ホッフス/アンドリュー・ニコル/パトリシア・ウィッチャー[製作]ウォルター・F・パークス/ローリー・マクドナルド[脚本]ジェフ・ナサンソン/サーシャ・ガバシ[撮影]ヤヌス・カミンスキー[音楽]ジョン・ウィリアムス[出演]トム・ハンクス/キャサリン・ゼタ=ジョーンズ/スタンリー・トゥッチ/チー・マクブライド/ディエゴ・ルナ/バリー・シャバカ・ヘンリー/ゾーイ・サルダナ
