この映画は人間VSロボットという構図で進んでいきます。しかしすべてのロボットが反乱を起こすわけではありません。一部のロボットだけです。それは新型のNS−5という種類のロボットです。しかも前半部分ではそのNS−5の中でも特殊な知能を持つ“サニー”(固有名が与えられた数少ないロボット)が開発者であるラニング博士に対する殺人の容疑者としてウィルスミス扮するスプーナー刑事に追われるという展開で進んでいきます。意外にもあっさりサニーは捕まってしまうのですがロボテック社が人でないためにサニーに殺人罪を適用できないという理由でその体を引き取ってしまいます。それに疑問を持つスプーナーが追うのですが・・・。この時点で私はあの気持ち悪い顔(NS−5)にだまされてこいつら暴れだすに違いねぇ、あいつ(サニー)がリーダーだ!と完全にNS−5に嫌悪感を抱かされてしまいました。この感覚は後半にある意味裏切られることになるのです。
ロボットやアンドロイドが題材の映画には倫理や良識や理性などの心の問題が宿命のようについてきます。この『I,robot』も例に漏れずそれらの事柄が出てきます。アシモフのロボット工学3原則を基にしたロボット3原則というものが出てくるのですが、この映画に出ている全て(ではありませんが)のロボットはこの原則に従っています。その中には人間に危害を加えてはいけないというものが含まれるのですがスプーナー刑事だけはロボットたちに幾度となく襲われます。スプーナーを襲撃させている人物(人や物という意味)としてここで挙げられるのは普通に考えればサニーかロボテック社社長のロバートソンです。すなわちサニーがリーダーとしてロボット反乱を企てている、それとも所詮ロボットを動かしているのは人間で陰謀によって動かされている、この二つが選択肢として与えられるわけです。
結果はこの二つのどちらでもないのですが。
最終的には期待したとおりの人間VSロボットの大乱闘が繰り広げられるわけですがサニーはこの時点でなんやかんやあってスプーナーたちの仲間になっています。人間VSロボットの戦いは行われているのですが既に人間VSロボットという構図はなくなっています。ここではサニーも同型のNS−5と戦っています。他のNS−5は操られて凶暴化しているのですが、軍隊のように行進して一心不乱に襲ってくる彼らの命令への従順さは本当に気持ち悪いです。この映画は人間とロボットの関係の物語ではなかったのです。スプーンやサニーなどの登場人物はある種人間より高次元の存在として(キリスト教的なもの?)、ロボット達は人間そのものとして描かれているようでした。結果はサニーがNS−5を解放するのですが、解放された直後の彼らは戦争に負けた日本人のようにころっと態度を変え急に人間を守りだします。なるほどサニーの眼は青色で反乱を起こしたNS−5達の眼の色は黄色でした。
[2004 米/20世紀フォックス]
[監督]アレックス・プロヤス
[原作]アイザック・アシモフ
[製作][出演]ウィル・スミス
[出演]ブリジット・モイナハン/ブルース・グリーンウッド/ジェームズ・クロムウェル
I robot公式ホームページ
[amazon][DVD]アイ、ロボット

良い意味での裏切りがあって面白かったです。楽しめました。
ひとの考えを基にして観ると、自分の考えの及ばない部分(“キリスト教的なもの”とか)にも意味を持たせて観ることが出来て勉強になるモノですね。
それにしても、NS−5の顔と動きは本当気持ち悪かったです。
サニーも最初は気持ち悪かったですけど、観ていくうちに可愛く感じるようになりました。
子どもみたいな反応するところとか、やさしい表情するところとか。
そう言っていただけると本当にありがたいです。
でも僕はNS−5の気持ち悪さには最後まで慣れませんでした。