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2004年08月26日

華氏911 ガンジーで同じことをやってみろよ!

華氏 911賛否両論とのことですが、私は『華氏911』について賛否のどちらにもつかない感じです。同じような気分の人は多いのではないでしょうか。ブッシュ政権への賛否やイラク戦争への賛否、普段どのような意見を持っているかとは無関係に、『華氏911』の意見に対して自らの旗を示すことに抵抗を感じます。「だまされてたまるか」という気分になるのです。



まずは自らの無知を反省しなければなりません。アメリカの政治制度や徴兵制度、その他もろもろの知識がないこと。英語の聞き取りができないこと。こうした鑑賞以前の問題が私の作品理解を大きく妨げていることを認めざるを得ません。英文の契約書にサインしろと言われても、どうしても躊躇してしまう。その責任は私自身にあります。そしてもうひとつの問題、それはドキュメンタリーというジャンルに属してしまった映画のジレンマ、「作為」に関することです。作為があるからこそ映画たりえる、それは当然として、こんな作為では何も作れない、そんな作為です。

ハイデガーは『存在と時間』の中で、存在の意味を時間という光の下に定位しようとしました。私たちは流れている時間感覚をもとにして自分のリアリティーを感じ取っているのです。では映画における時間とはどういったものでしょうか。カメラはたいていの場合、その前方にあるものをそれを成り立たせている時間に沿ってフィルムへと写し取ります。プロジェクターはそれを単純に逆向きに、スクリーンへ向けて再現します。そして撮影と映写の間には必ず編集というブラックボックスが存在します。ここでフィルムが裁断され、つなぎ合わされることで、時間感覚が恣意的に操作されます。モンタージュとは時間操作によって新たな意味を紡ぎだす方法であると言えるかもしれません。



フィルムの1箇所にハサミを入れ、繋ぎなおすという作業は大変恐ろしいことです。一度時間を破壊するのですから。ドキュメンタリーが真実を伝えようとするならば、下手なモンタージュより、生のままのフィルムの方が、時間の再現に向いています。事実人が、ある作品をドキュメンタリータッチであると言うときは、特徴的な長回しが見られるものです。また寝てもさめてもずっと固定されたエリアを写し続ける監視カメラの映像が、犯罪の動かぬ証拠となるほどに、疑いようもない真実味を作り上げるのです。(ドキュメンタリータッチについて。手持ちカメラ撮影のブレのある映像は、恣意を感じさせないための手法と言えそうです。)



モンタージュやコラージュはもともととてもイカガワシイ性格のものです。特に政治的メッセージと結びついたときに、観客は警戒するはずです。『華氏911』が時間の光に照らされた真実を表現できたかというと疑問です。ひとつひとつのショットの持続時間が極端に短く、またそれらがどんな文脈の中にあるのかがわかりません。そしてそれらの細かい映像が、その時間も場所も被写体も何もかも順不同に並べられることで、完全に出所不明なものになってしまいます。『華氏911』の存在はすでに危ういと言わざるを得ません。モンタージュ・コラージュによって「ブッシュ政権の悪行」という意味が浮かび上がってくるものの、ソースが出所不明であるからには、私たちはそこから生まれたものが本物なのかどうか判断する術を持たず、高速のテンポに飲み込まれながら、その意味を放り出すことしかできなくなるのです。結局最後に私の心でリアリティを放っていたのはマイケル・ムーアの悪意だけでした。



ボウリング・フォー・コロンバイン客席に泣いている人がいるのがわかりました。子を失った母が堪えきれない涙とともに語るシーンです。しかしその他の箇所では涙はおろか、笑いも驚きもなにもなかったと思います。皆が涙したシーンは今回マイケル・ムーアが撮影したもので、本作で一番の長回しです。母に対して演技の指導があったのかどうかはわかりませんが、ともかく『華氏911』で最も本当らしい箇所に観客が反応したのです。今にして思えば前作『ボーリング・フォー・コロンバイン』の方が随分マシだったのだと思います。マイケル・ムーアのアポなし取材の映像にはもっと真実味がありましたし、もっと笑えるところがあったような気がします。アポなし取材のシーンが減り、ニュース映像のコラージュが増えた分だけ、より胡散臭さを増し、観客がトリックへの警戒感を増したようです。だまされないぞ。



火のないところに煙は立たぬといいます。いかにトリックを使ったとしても、素材の映像に全くないものを生み出すことは難しいでしょう。例えばガンジーとか、ヘレン・ケラーとか、清廉なイメージがありますが、彼らが本当に清廉であるならば、彼らの映像をいくら繋げてみたとて、悪人ガンジーや悪人ヘレン・ケラーを描くことはできないでしょう。その意味で、ブッシュが多分にダークサイドを持っていることは間違いありません。隠蔽されているだけです。その方法は『華氏911』でマイケル・ムーアが使っているのと同じです。時間の光が当たっていない出所不明の細かい映像(イメージ)をモンタージュしたりコラージュすることで、ブッシュは自らの仮像を作り上げて真の全体像を謎のままにしています。「それを暴きたい!」マイケル・ムーアの悪意に満ちた意気込みは伝わってきますが、ブッシュが隠蔽するのと同じやり方でブッシュを暴こうとしたところで、新たな真実が浮かび上がってくるとは思えません。



[2004米/ギャガ・コミュニケーションズ=博報堂=ヘラルド][原題] FAHRENHEIT 9/11[監督][脚本][出演]マイケル・ムーア[製作]キャスリーン・グリン/ジム・ザーネッキ[撮影]マイク・デジャレ[音楽]ジェフ・ギブス



華氏911 公式ホームページ
MichaelMooreJapan.com マイケル・ムーア 日本版公式ウェブサイト
[amazon][DVD] 華氏911

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(06/15)華氏451 ≒摂氏233 ≠華氏911 ≠KURE556

posted by KINEMAtograph Writers at 18:33| Comment(0) | TrackBack(0) | Kinema | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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