板橋サティ5Fのワーナーマイカルで鑑賞しました。土曜日、初日ということもあり、映画館は満員です。上半身を露わにした柳楽優弥の愁いを帯びた悩ましい表情。ポスターから声は聞こえてきませんが、身体からにじみ出るあのオーラがカンヌ映画祭主演男優賞の実力に説得力を持たせている、その証の集客でしょう。そして話題作特有の現象も起こります。隣の席に座ったカップルが1時間も経たずして眠りこけてしまいました。上映が終わって「退屈だ、つまらない」と、否定的な感想が聞こえてきます。話題性に乗っかって見に来たものの、思っていたのと違っていたようです。一体この映画に何を求めてきたのでしょうか。また他の客が話しています。「あのあとどうなったんだっけ?」『誰も知らない』は実話を題材にとった映画です。ネタ元のあの兄弟たちのその後、ことの顛末を気にしているようです。「そうではない!」とつい声をあげそうになりました。ストーリーを求めてはいけないのです。
『誰も知らない』は頑なにストーリーを拒みました。「ベランダや外に出ない」「大きな声で騒がない」母親が定めたルールの下で、兄弟はアパートの部屋に閉じこめられたまま、結局母親は帰ってこず、誰かに見咎められて家を追われることもなく、四季が巡ってただじりじりと兄弟を追いつめるだけ。ドラマチックな展開はありません。そこにあるのはポスターに描かれていたような柳楽優弥の身体と、兄弟の身体と、生活の細部が、なるようにして変わっていくだけです。筒井康隆が現代文学についてこのようなことを書いていました。「決して斜め読みしてはならない。一語一語の細部を味わうものだ」(内容はだいたいのものです。原文を参照できませんでした。)私たちは映画館のイスに縛り付けられ、目を皿のようにしてそこに映っている細部を見届けなければならないのです。
- くつ、ローラースケート:屋外へ。人間は用途によってくつを履き替えることで、どこへでも外出できるようになった。畳の上では履かない約束になっている。
- モノレール、飛行機:市外へ。海外へ。
- アポロ:チョコレート。ロケットと同じ名前。宇宙へ。
- カップ麺:カップ麺はただではもらえない。どん兵衛のてんぷらはサクサク。食後、カップ麺の器は植木鉢に使える。
- おにぎりの包み:期限切れの食品はただでもらえる。覚えている限り、包みの中身、すなわち“エサ”を食べているシーンはない。
- GOKURI:グレープフルーツジュース。容器が金属でできている。
- クレヨン:最後に嫌いな色が残る。普通の子ならば使い切る前にお絵かきに飽きる。
- ぴこぴこサンダル:歩くときに音が鳴るので、こっそり外へ出るときは履かない。また同じ理由から、履いて歩くととても歩いている感じがする。
- 冷蔵庫:電気が通じてなければゲタ箱と変わらないただの箱だが、それでも食べ物を入れてしまう。個人的な話、私にも経験がある。
- お金:ものと交換できる。またものをお金と交換することもできる。お金は橋渡しをするが、一度お金に変換されると想いが消えて無くなる。お金は時々母の影を思い出させ、映画の後半ではただ兄弟をそこへ縛るだけのものになっているのではないか。
「モノより思い出」日産セレナのCMを作った是枝監督らしく、ここには書ききれないほどのモノが輝かしい細部をなしています。生活の中で徐々にモノが変化し、そして兄弟たちもまた変化します。身長が伸び、髪の毛が伸び、声変わりします。長い期間に渡って明(柳楽優弥)たちの変化を追った成果が結実していて、私はそうした細部に気がつくたびに身をよじって苦しみ、それでもそこに映っている彼らの力強さに輝かしいものを見ました。
さて柳楽クンはこれからどうなるのでしょう。『誰も知らない』では彼の変化していく身体性こそが素晴らしく、無二であり、言ってみれば是枝監督の前で、ただそこにいるだけで存在感を出すことができました。個人的には織田裕二に似ているのではないかと思っているのですが、どうなんでしょう。何はともあれ楽しみなことです。
[2004日本/シネカノン][監督][製作][脚本]是枝裕和[撮影]山崎裕[音楽]ゴンチチ[出演]柳楽優弥/北浦愛/木村飛影/清水萌々子/韓英恵/YOU/加瀬亮
誰も知らない 公式ホームページ
[amazon][DVD] 誰も知らない



今回は薄汚い服装に身をやつしておられましたが、きっと彼の眼力ならば、立派な和服でもこじゃれた洋服でもいけそうですね。