六本木ヒルズって何だろう。
まずそれは丘です。54階建ての超高層森タワーと、いくつかの高層ビル、低層の建築、地下鉄などが複合されてある、六本木の丘の一帯です。建物の内容も複合的で、住居、オフィス、文化娯楽施設、ショッピング施設、学校、庭園などおよそ考えつくものが全て丘に集められています。ではその意味は。これを考え始めると結論が延々と先延ばしされそうですが、森タワー内の森美術館で行われているMoMA展に答えのようなものを見つけました。美術館の壁に展示の趣旨の説明書きがあり、その一部を要約すると次のような内容だったと思います(随分うろ覚えです。捏造するつもりはないので、間違いがあればご指摘願います)。
「日本の都市文化はニューヨークやロンドンに及ばない。それは文化的建築に乏しいからである。六本木ヒルズは文化的な街を念頭において設計されていて、日本の街が文化的であるための発信を絶やしたくない」
ビル屋の意図がビルの意味の全てでないことは承知の上、このビル屋の意図を考えてみます。ここでは各国の都市文化に優劣を考えています。都市や建築が文化的であるとはどういうことかと考えてみますと、実は歴史を経てみないことにはわかりません。では今どういう建築をしたらいいのか。それは最新の建築だと思います。その時一番の建築をして、文化的であるとみなされれば歴史を経て残るでしょうし、そうでなければ淘汰されていきます。何事も自然に淘汰される機能を信じれば、文化とは歴史を経て自然に形作られるはずで、その観点ではニューヨークもロンドンも日本の都市も当然の文化として横並びであるはずです。そこに優劣が生まれてくるのは、このビル屋の意図が“ある観点”から語られるからで、今その“ある観点”がモダンアートであることは明らかでしょう。
ビル屋の主張をまとめると「日本の都市はモダンアートではない」ということになります。そこには最新の建築を目指す意気込みがあります。それならばあんなにあっさりと回転ドアを止めるべきでなかった。最新の美術品を鑑賞するには最新の知恵が要求されます。最新であることと理解しにくいことは一体のものだからです。回転ドアに挟まって死んでしまう危険性が理解しにくかったのは、それがモダンアートだった証ではないでしょうか。「あんなものはくだらない」と理解されないからといって、それをすぐに引っ込めてしまっては、文化を作るという意気込みが一挙に霞んでしまうではないですか。それとも早くも六本木ヒルズの文化的淘汰が始まっているということでしょうか。少なくともモダンアートの使命には商業主義の超克があります。新しい文化を作ろうと宣言しながら、同時にビル屋を運営しなければならないという矛盾を前にして、そのコンプレックスのあり方が「従来の自動ドア機能を持ち合わせた自動回転ドア」であることはとても興味深い。そのモダンアートがすぐに言われるままに半機能停止して普通の自動ドアに成り下がっているのはあまりに皮肉です。どうせならその回転しない回転ドアをもっとモダンアートらしく展示したらいいのではないでしょうか。
回転ドアの他にも六本木ヒルズにはモダンアートがあります。渋谷のBunkamuraでやっているグッゲンハイム美術館展ではグッゲンハイム美術館をモデルにした模型や絵画の展示がありましたが、森美術館自体も当然モダンアートのある形を示しています。行ったことがある人ならば誰もがそのモダンアートに気がつくでしょうし、行ったことがなければそれこそ女房を質に入れてでも行ってみた方がいい。森美術館が森タワーの最上部、52、53階にあるということです。美術品を天高く地上220m超の空中に展示しようなどという発想はどこから出てくるのでしょうか。もし思いついたとして、本当に実現するとは。単純なことですけれども、少なくとも私の想像の範疇にはなかったことです。
その高層の美術館では東京を一望する景色とMoMAの美術品が並置されます。「モダンアートでない」東京の街並みを見下ろす視点がひとつのモダンアートとしてMoMA展の一部になっています。街並みでひときわ目を引くのは建設中の土地です。森タワーの影に入り、日が遮られたから、もっと大きな建物を建てるのでしょうか。「モダンアートでない」と評されたはずが、今や東京の街が日々変容して形態を破壊していく様はモダンアートそのものです。六本木ヒルズは街に自らの巨大な影を落とすことで東京にモダンへの変容を促し、また美術館は高層からそれを眺める視点をモダンアートとして提供しています。
但しそれは既にある限界を示しているような気がします。そのうち森タワーすらも見下ろす高層ビルがそびえ立つ日が来るでしょう。高層へ、上流へ。神の巨視を体現したモニュメントがモダンを更新していくという方法には、どうも原始的な匂いがします。塔を見て宗教的な期待をするのはもう終わらせた方がいい。現に森タワーのせいでまたしても地上から見えるはずの無限の空が狭くなってしまいました。このままでは空が一番高いところにいる人だけのものになってしまいます。モダンの次にはもっと抜本的なものを期待せずにいられません。
随分遠回りになりましたが、冒頭の問いに戻ります。MoMA展が近代から現代へのアートの流れを意識したものであったことに引っかけて。六本木ヒルズは現代です。但しその現代は近代の続きでしかありません。続いてはまずそうなものまで引き継がれているこの脅威。次代にこそコペルニクス的展開が必要ではないかとの脅迫です。MoMAの作品を見て、私と作品の対話の中で浮かんでくる現代。ふと外を見ると実際物理的に俯瞰されてしまっている現代。とてもふしぎな感覚に襲われ、つい取り留めもなく文を書き連ねてしまう次第です。
六本木ヒルズ
森美術館(MoMA展は8月1日まで)
MoMA
グッゲンハイム美術館
グッゲンハイム美術館展
Bunkamura
[追記]
森ビルホームページ内に、MoMA展の壁に書かれていたような内容が記されているページを見つけましたので、付け足しておきます。
森ビル
http://www.mori.co.jp/business/roppongi/


