映画において、物語がフィクションであることとノンフィクションであることに大差はありません。私はこの映画を実話だと意識せずに、他のどんなジャンルの映画とも別なく楽しんで観ていました。ところがエンドロールの前に実話を意識せざるを得ない注釈が入り、鑑賞後しばらくずっとそのことが頭を離れなかったのです。この手の実話映画にはありがちですが、本末に「故〜に奉げる」や「この後19XX年に〜に成功」などの注釈は、映画を楽しんでいる者にとっては正に蛇足で、一気に現実に引き戻されてしまいます。久しぶりの実話映画だったので、そんなことを思い出しました。
映画における面白みというのは、ただ平面の四角形の中にさも現実かのごとくリアリティをもって物語を描いているところにあると思います。たとえそれがファンタジーであれホラーであれ、またはCG合成であれセルアニメであれ、です。黒沢清の映画はどれも現実には起こりえないと頭で理解できるようなSFばかりですが、観た後、ふとした何気ない瞬間後ろから人が現れるんじゃないか、ちょっと部屋の隅っこが暗いだけで何か起こるんじゃないか、とビクビクしてしまうのは映画にリアリティがあるからです。反対にドキュメンタリー、実話であってもリアリティのない映画はたくさんあります(前回マサキ氏が記述していますが)。カメラを媒介している限り、現実をそのまんま映していたとしてもそれは映画というフィクションに違いありません。その上でリアリティがあるから映画は面白いと思えるんです。
映画はメディアであって、決して現実とは相容れないはずなのです。スタン・ブラッケージがモスライトという作品のなかでフィルムに直接蛾を貼り付けたことで証明して見せたように、私たちは映画を観るという以前にフィルムそのもの、スクリーンそのものを見ている事実を認識しているわけです。だから映画と現実は切り離さなければならないし、そんなことは誰でも分かっているのだから、わざわざ「このお話はフィクションです」とか「実話を基にしています」とか野暮なことを言わないでちょうだい、って思ってしまうんです。映画は映画として面白いか面白くないかを観ていればいいだけのことで、実話だから高尚だとか寓話だから俗っぽいとか、そんな問題ではないのです。
ただ現実問題、バトル・ロワイアルを観て実際に人を切りつけることの重さが掴めない子供が出来てしまうから怖いです。小学校のゆとり教育ではなによりもまずメディアリテラシーを教えていかなければ、成熟したメディア社会では生きてゆけないんじゃないかと…、今回は結構まじめに考えてしまいました。
最後になりましたが(もはや蛇足)、この映画、実話であろうとなかろうと面白かったので、何かにちょっと踏み込めない感じの人にお勧めしときます。映画館にいた大勢のおばちゃんたちが元気づけられてヌードを見せたがらなければいいんだけど、願わくは。
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[2003英/ブエナ・ビスタ][監督]ナイジェル・コール[製作]スザンヌ・マッキー/ニック・バートン[脚本]ジュリエット・トウィディ/ティム・ファース[撮影]アシュレイ・ロウ[音楽]パトリック・ドイル[出演]ヘレン・ミレン/ジュリー・ウォルターズ/ペネロープ・ウィルトン/シーリア・イムリー/リンダ・バセット/アネット・クロスビー/シアラン・ハインズ
※編集注※
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(注:こちらのDVDはRegion 1です。日本国内(Region 2)用のDVDプレーヤーでは再生できません。)


