
公式サイトに「スクリューボール・コメディ」という単語を発見しました。しばらく思い出すことのなかったような懐かしい言葉です。コーエン兄弟はいつでも懐かしいものを掘り起こして、私たちを喜ばせてくれます。『バーバー』で主人公の床屋は『うなぎ』の主人公の床屋(役所広司)ばりに黙りこくっていましたね。『ディボース・ショウ』といい『レディ・キラーズ』といい、反動のスクリューボールが炸裂しています。

(注:スクリューボール=変人、という扱い方をすると、コーエン作品は100%スクリューボール・コメディですね)
『ディボース・ショウ』でのスクリューボールっぷりは、ホークスの『ヒズ・ガール・フライデー』を思い起こさせます。好きなのにいがみ合っているふりをしている(そして彼らはそれを楽しんでいる)、というパターンです。「饒舌」「ドタバタ」「都会的な恋」「ハッピーエンド」、このあたりをスクリューボール・コメディのキーワードとすると、今回の『レディー・キラーズ』は後2点においてちょっと変則だと言えるでしょう。そしてそういう「ダサさ」や「破滅的ストーリー」こそコーエン兄弟の持ち味です。
それを踏まえたコーエンファンならば、予告編などにでてくる「完全犯罪」という言葉がハッタリ(『ハタリ!』じゃないよ)であることは了解済みのはずです。本当に完全犯罪をするつもりがあるのかどうか疑わしい。そのくらい教授(トム・ハンクス)麾下のスペシャリストチーム(?)は機能しません。ヒッピ・ホッパー(?)な言動をやめない人。タバコをやめない人。低脳な人。ハニーにはどうしても隠し事ができない人。チームのブレーンである教授まで、ひとり詩的表現の海をたゆたっている始末です。みんなが自分を押し通すことで、各々トラブルメーカーたる役割を全うし、完全犯罪を失敗させるゲームを楽しんでいます。
目標と矛盾した行動が行われるのですから、「完全犯罪」に対する登場人物に緊張感は全くありません。それにも関わらず物語はなぜか完全犯罪へ向かってすれすれのところを転がっていくものですから、「おまえらもっと緊張しろよ!志村うしろ!」と、逆に見ているこちらの緊張感はどんどん高まってしまうという、不思議な現象が起こります。設定された物語の構造、ここでは「完全犯罪」という目標、に対して役者が裏腹に行動することで物語は意味を失います。そして役者の「完全犯罪ごっこ」、を眺めているような妙な気分の面白さが生まれます。この性質こそがスクリューボール・コメディ(もしくはスラップスティック)の特徴なんだと思います。
しかし『レディ・キラーズ』の場合その点でもまた少し変則的ではないでしょうか。コーエン兄弟はそのスクリューボール・コメディ自体の意味も失わせて、「スクリューボール・コメディごっこ」にしてしまった感があります。カジノの金庫を地下から狙う、というのはたまたま『オーシャンズ11』と同じなのですが、それはいいとして……。ブラピをはじめとした11人が緊張感の中でほぼ黙ってコトを進めたのは当然のことでした。一方スクリューボールは饒舌なものです。黙っているべきミッションの中で喋りまくってしまうことで、やはりまた私たちはどきどきしてしまいます。「そんなところ(忍び込んだカジノ)でスクリューボールやってる場合じゃないだろ!志村うしろ!」と私がいれたツッコミは、スクリューボール・コメディを意識しすぎなんでしょうか。
変則スクリューボール=変則変人
……あれ?
レディ・キラーズ
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[2004米/ブエナ・ビスタ][監督][製作][脚本]ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン[製作]トム・ジェイコブソン/バリー・ソネンフェルド/バリー・ジョセフソン[撮影]ロジャー・ディーキンス[音楽]カーター・バーウェル[出演]トム・ハンクス/イルマ・P・ホール/マーロン・ウェイアンズ/J・K・シモンズ/ツィ・マー/ライアン・ハースト


