日曜日の昼下がり、法事のために帰った田舎の映画館でこれを観ました。
全68席中、客数は15人といったところでしょうか。周りを見渡せば、町の主婦仲間、老夫婦と、二十代は明らかに私一人。そんな雰囲気で映画を観るのは久しぶりで、なんだか館内に入ったところから、私にしてみれば、映画は始まっていたのでした。
穴と共生できる生き物は人間くらいなものでしょう。
生まれつき身体に備わっている物理的な穴、歳を重ねるにつれ増えたり減ったりする不可視な穴、いろいろな穴が人間にはあります。人間以外のほかの生き物は、元々余分な能力を排除されて成り立っているために、その最低限の能力を欠如したら生きていくのが困難です。犬は匂いを嗅げなくなったら終わり、鳥は飛べなくなったら終わりです。たくさんの余分な能力を与えられた人間は幸いにも、一つの能力を欠いても他の能力で補えたり他人に支えられて生きていける、とても便利な生き物なのです。
もの忘れ・痴呆は、予想・記憶・後悔といった人間固有の能力を欠如する最も恐怖の穴です。この穴はあっても生きることはできるけれど、身体的障害、生理的機能衰弱などと違うのは、穴があることすら認識できなくなる、人間の中枢を失うということです。ではどうするか。老人たちはこれらの穴を埋めるために、穴を掘るのであります。たくさんの穴が老人たちに襲い掛かるのもなんのその、穴を掘って掘って掘りまくる。老人ホームから宝探しの地図、そして銀行強盗のために地下道を掘る。ありえない流れと日本を代表する名優たち。それだけでこの映画は十分すぎるくらいの出来なのですが、抗えない穴という重い題材を否定するでもなく肯定するでもなく、いかにして共生するかという描き方に老人の明るい未来が示されているようで、素敵な映画だなと思いました。
映画館に来ている客はそれぞれにたくさんの穴を抱えています。その穴を埋めるためにまた映画を観にきているともいえます。けれども観終わったあとには、無理して穴を埋めることもないのだと感じるはずです。冒頭で「棺桶のなかって意外と気持ちいいなあ」という台詞があります。老いを受け入れ、心血を注げることを見つけられたら、穴のことなど大したことではないのです。穴があってこそ人間。歳のせいで勃たなくなった山崎努も、地下道を掘り終える頃には穴を埋めることに成功します。この映画を穴という視点に絞って観てみると、いつのまにかすべてに合点がいくような作りです。劇中誰も穴の話はしていませんが。
[2004日本/東映][監督][脚本]犬童一心[製作]横溝重雄/大里洋吉/早河洋/木村立哉/橘田寿宏/福吉健/西口なおみ/松田康史[原作]太田蘭三[脚本]小林弘利[撮影]栢野直樹[音楽]周防義和[出演]山崎努/宇津井健/青島幸男/藤岡琢也/谷啓/長門勇/松原智恵子


