分析するということはものごとをバラバラにしていき、それが究極的になにでできているのかを解明する作業です。なにでできているのかがわかったら今度はそれを組み立て直してみて、ほんとうに同じものができるかどうか確認します。
イノセンスの画面は「こまかいもの」で溢れていました。空から降ってくる紙ふぶきのようなもの。光をぼんやりとさせている埃のようなもの。壊れて飛び散っている破片。女の子の形をしたロボット(?)も何かこまかい細胞のようなものが組み合わさって形作られていきます。さらに、CGが進歩したということで髪の毛は一本一本こまかく動いていています。キャラクターが饒舌に語っている言葉はいちいち難しくて、そのようなこまかい言葉が山と積まれていきます。
そうして再構築されたイノセンスの世界はあまりに複雑です。ヘリコプターが空を飛ぶときにそれが龍の形をしている必要はないはずなのですが、近未来は複雑な世界なのでそうなります。何もかもが複雑すぎて私が話の筋も世界観も了解しないままに上映が終わってしまいました。
これは分析が間違えていることを意味します。神の似姿を作る作戦は失敗に終わりました。失敗の原因はこまかいものが一体何なのかわからないことです。仏教の経典には種をこまかくこまかくどこまでも切り刻んでいく喩えが出てきますが、ものごとを究極的にこまかくすることはできないのです。
イノセンスの中でひとつ切り刻まれていない存在としてはゴーストがあります。ゴーストだけは分析を拒否して、世界のあやふやを一手に引き受けているようにみえます。しかしゴーストが憑依するべき「もの」すらも、分析不可能なこのような矛盾の渦中にあるのですから、近未来の世界はとても混沌としているようです。
それにしても空から降ってくる紙ふぶきのようなこまかいものは一体何なんでしょうか。解決されないので、ムズムズします。
書いているうちに、この「分析→再構築」なものがマンガ発生以来のマンガ的な方向性だという気がしてきました。そしてわたしがマンガ的なるものを意識したときにうんざりとして疲れてしまう原因のような気がしてきました。
この問題はわたしが映画をさらに省みたとき、もう一度考えてみたいと思っています。
[2004日本/東宝]
[監督][脚本]押井守[製作]鈴木敏夫/石川光久[原作]士郎正宗[音楽]川井憲次[声]大塚明夫/田中敦子/山寺宏一/大木民夫/仲野裕/竹中直人/榊原良子
イノセンスホームページ
[amazon][DVD] イノセンス


